不透明な時代に大学生になる諸君に

                           

                                             なかじま ひろ みつ

                                              農学部長 中 島 廣 光

 

 

 

 

少子化や,団塊の世代の大量退職。世の中は,かつてない程の激しさで変化しようとしています。その結果,5年後,10年後の予測が困難な時代を迎えようとしています。昔の話を少しさせて下さい。私が鳥取大学に赴任した25年ほど前は,のんびりした時代でした。先生や学生さんの中には頑張る人も,頑張らない人もいましたが,頑張らない人でも将来の可能性がある,ということで大学に置いておけるだけの許容力があった時代です。確かに在学中頑張らなかった学生さんが社会に出てから大活躍する場合もありました。講義でも10年間同じ講義内容で済む時代でした。それが科学技術の進歩に伴って世の中の変化の速度が加速され,また,最近ではさまざまな規制が緩和され,国立大学ですら法人化され,ありとあらゆる局面で競争原理というものが働くようになりました。競争を勝ち抜くために効率主義と合理主義が導入され,人は厳しく査定され勝者と敗者がハッキリでてくるようになってきました。国民全員が中流で,全員が勝者ではないが敗者でもないというこれまでのよき?日本の国民性やスタイルと全く相容れない世の中になりました。人はこれを“グローバルスタンダードの導入”という言葉で表現します。ある本で読んだのですが,そもそも生物学的に競争に強い生物種は他の様々な種との生存競争に勝ち残って大陸の中央におり,弱い生物種は半島に追いやられたそうです。ましてや島の生物種はもともと競争環境にないので生存競争にとても弱いということです。こういった生物学的背景もあり,日本列島に住む日本人は競争に弱い,あるいは競争の嫌いな生物種であるとその本では説明されていました。もともとそう言った風土的背景が有りながら,大陸風の競争原理が導入され,フェアではあるが弱者や敗者に対する配慮がないまま世の中が動き始めてしまいました。敗者が増えれば貧困や不満を生みますので,当然犯罪なども増えていくと言うことになります。昔は,勉強ができてリーダーシップさえあれば良い学生であり,彼等彼女らが社会に出て国や会社のために働くことで社会全体が動く,という一定の誰もが受け入れた構図がありましたが,おそらく現代の若者達は,勉強ができる,リーダーシップがある,国や会社のために働く,なんてことには価値を見出していないのではないでしょうか?

 私は天然物化学という分野の研究をしています。この分野では,植物や微生物成分の化学構造を決めることが重要で,そのためには何千万円という分析装置が必要です。そして分析装置の善し悪しが,ある意味では研究の質やスピードを決めます。その装置というのはメーカーが開発,製造したもので,その段階で研究者である私の工夫というかアイデアは全く入っていません。そうなると,立派な研究をした場合,一体,装置を開発した人がえらいのか,研究をした人がえらいのかわからない。昔の装置では測定する人の経験とかアイデアがその装置の性能を引き出すのに必要で,そこでは研究者の優劣もかなり重要な要素でしたが,最近の装置は学部の学生でも簡単に使えて,それなりの結果が出るように開発されています。20年前は一部の優秀な研究者しか出せなかったようなデータが,今では学部の3年生や4年生でも出せる時代になってしまいました。測定装置の原理を知らない,専門家でもない誰でも使える装置の開発をメーカーも目標にしていますので,一体意味がわかって研究しているのか,研究を進めているのは機械なのか人間なのかますますわからない状態になっているのが私の研究分野の現在の状況です。

 さて,日本の社会だけでなく科学の世界でもこういった混迷した時代に,学生諸君は大学で何を学ぶべきでしょうか。この不透明な時代を生き抜かなければならないみなさんの武器は何でしょうか。それは,ものの見方や,考え方だと思います。この世の中はメディアの発する情報に溢れています。その情報が本当に正しいのか,そうでないのかを判断する目を養うことが大切です。また,機械に振り回されないで自分の目で確かめ,頭で考え判断する力も養って欲しい。それがすなわちみなさんに大学で学んで欲しいことです。例えば,農薬の残留基準値がいろいろな農作物で決められていますが,それを5倍超えたとメディアが報道したとき,人々は大騒ぎします。本当に危険なのでしょうか?その危険性をきちんと判断できる目をこの4年間,6年間で養って欲しいと思います。どんな農薬で毒性はどうか?残留基準値とはどんな方法で設定されているのか?そう言った知識があれば,それを5倍超えたことがもたらすリスクというものを正確に判断できると言うことになります。知識を増やすことは判断の幅を広げ,さらに価値観に影響するので大切です。それだけでなく,さらにその上で,優秀な先生方の考え方やものの見方,仕事の進め方を学ぶことが大事です。それには,沢山の優秀な先生がいるこの大学で優秀な先生を見つけ卒業論文などで長い時間一緒に過ごすのが一つの方法です。ぜひ,在学中に自分を鍛え,この不透明な時代でも生き抜ける実力を身につけてください。